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あれっ、新海誠監督「言の葉の庭」は新宿御苑?


【 新海誠:小説
 言の葉の庭(その2) 】


 新海誠監督作品の中で一番好きな映画(2013年公開。46分)の小説版。


第1話 雨、靴擦れ、なるかみの。ーー秋月孝雄 

 濡れたカエデの葉の奥に、いつも雨宿りをする東屋が見えてくる。そこにはしかし、人影が座っている。あるはずのないものを見るような心持ちで、そのまま孝雄は東屋に近づいていく。葉群れを過ぎて東屋の全体が目に入る。
 スーツを着た、女性だ。
 孝雄は立ち止まる。
 缶ビールを口の位置に持ち、柔らかそうな髪を上で切り揃えた女性が、ふわりと彼を見る。
 一瞬だけ目が合う。
 この雨はもうすぐやむのかもしれないと、その瞬間に理由もなく、孝雄は思う。


第2話 柔らかな足音、千年たっても変わらないこと、人間なんてみんなどこかおかしい。ーー雪野

 柔らかな足音に顔を上げると、ビニール傘を差した少年が立っていた。
 一瞬だけ目が合ってしまった。誰かがこんなに近づくまで気づかなかったなんてと、雪野は不思議に思いながら目を伏せる。雨の音を聴いていたからかな。
 雪野が雨宿りをしていたその小さな東屋に、少年はためらいがちに入ってくる。こんな平日の朝に公園に来るなんて珍しい。制服を着た一見真面目そうなーー高校生、だろうか。学校をサボった先が有料の日本庭園だなんてなかなか渋いかも。場所を空けるために立ち上がって東屋の奥に移動する。少年は律儀に頭を下げ、傘を閉じ端に座る。ギィ、と木造りのベンチがかすかな音を立てる。

 突然、あ、という小さな声を出して少年が消しゴムを落とし、それはバウンドして雪野の足元に転がる。
「どうぞ」拾った消しゴムを少年に差し出すと、
「ああ、すみません!」少年は慌てて腰を浮かして受け取る。
 焦った声が十代の若さでなんだか好ましい。思わず笑顔になってしまう。

「あの」
唐突に少年に声をかけられて、へ、という間抜けな息が出てしまった。
「どこかで、お会いしましたっけ」
「え、・・・・・・いいえ」なになに急に、この子こんなカオしてもしかしてナンパ?思わず硬い声を出してしまう。
「ああ、すみません。人違いです」

ーーあれ、と雪野は思う。
 ちょっと驚いて、え、と小さく息が漏れる。そうか、なるほどね。水面に水彩絵の具を落としたみたいに、カラフルないたずら心が広がってくる。
「ーー会ってるかも」
「え?」
 驚いて少年が雪野を見る。間を埋めるかのように遠雷が再び響く。鳴る神、という文字がふわりとアタマに浮かぶ。微笑しながら呟くように雪野は言う。
「・・・・・・なるかみの」
 傘と鞄を手に入れ取りながら立ち上がる。少年を見おろす形になる。

  すこしとよみて さしくもり あめもふらんか きみをとどめん


 雷神の しまし響もし さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ(万葉集11・2513)

 訳:カミナリが ちょっとだけ鳴って 突然曇って 雨でも降らないかな あなたを留めたい

 状況:「しまし響もし」は、万葉集では「小動」と表記されており、小説中のような「すこしとよみて」の訓もある。「雷」は、「なるかみ」と呼ばれ、神秘的で畏怖の対象と捉えられていた。帰ってしまいそうな男性を引きとどめたい女性の歌。雨は、男性が帰ることの妨げとなるので、突然降ってきてくれないかなと願っている。


<感想>
 雨降る中、新宿御苑での孝雄と雪野の出会い。
 映像では一瞬、文章では長文。
 映像からと文章からの想像の広がり。映像の方が、より具体的に想像し易いように思われる。

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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
発行者HPはこちら http://tsuru1.blog.fc2.com/ 
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by tsuruichi1024 | 2019-09-10 08:00 | 新海誠 | Comments(0)