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【 漱石激読 石原千秋×小森陽一 】


 以下は、「漱石激読」(石原千秋・小森陽一著、河出ブックス)(第2章『坊っちゃん』──一気書き、一気読み)の内容の概要。(その2)


1.清をめぐる深い謎

(1)同時代的な関わり
・「佐幕派の文学」(平岡敏夫)
・東京帝国大学に対する鬱憤が一気に吐き出された小説

(2)家族の問題
・次男坊の悲哀をはじめて書いた小説
⇒ 冒頭の「親譲りの無鉄砲で」の親とは、(可愛がってもらえなかった)親父(えこひいきのない男) or 清なのか

(3)清の存在:幕府が「瓦解」(「維新」「ごいっしん」ではない)して、(元旗本の)父親が清を受け入れた?
⇒ 清「御墓のなかで坊つちゃんの来るのを楽しみに待つて居りますと云つた」
⇒ 清は菩提寺・養源寺の「坊ちゃんの家」の墓のなかで待っているか?


2.清に出し損ねた手紙

(1)『坊っちゃん』という手記は清に出し損ねた手紙

(2)無自覚な<坊っちゃん>が書いていながら、実は本人以外のところで(山嵐と赤シャツの)権力闘争がおこなわれているとわかるように書かれているところが漱石の手腕


3.エリートたちの生存競争生存競争

(1)宿直(=教育勅語の謄本と天皇の御真影を命がけで守る)中に温泉に行くとろころを校長に見つかる

(2)物理学校の成績が後ろのほうから数えたほうが早いにもかかわらず3年で卒業
⇒ 卒業して3日で校長に呼ばれて就職を斡旋されている
⇒ 四国とはいえ、今で言う学校推薦 → 決して自分で言うほどの劣等生ではない
⇒ 遺産の600円を学費と生活費に3年に分けて、残った分は四国に行くとき贅沢をする

(3)ステータスの違い
・中学校と師範学校(「地方税の癖に」の一言)が喧嘩する
・師範学校:地方税でまかなわれているから学費がタダで、しかもお小遣いまでもらえる → そのかわり、地方の小学校の教員を何年かやらなければならない
⇒ 貧乏な子たちが通っている(その先の進学はない人たち)

・中学校:学費は払うけれどもその先の進学の可能性がある人たち
・<坊ちゃん>のような物理学校という専門学校出身出の理系教員 vs 赤シャツのような東京帝国大学の文科大学を出た人

(4)日本の中心である東京という概念と江戸時代という概念
・前半:「俺は東京から来たんだ」という意識で心のなかで「江戸っ子」と言っている
・後半:「会津っぽ」と「江戸っ子」が対に
⇒ 四国に行ったから「江戸っ子」という意識を内面化できた
⇒ 「江戸っ子」は明治の世では出世しない、出世しなくてもいいんだということを自覚する小説

(5)教師辞職後、街鉄技手に
・街鉄が電化(馬車鉄道の馬が全部軍隊にとられた日露戦争時の電化。日露戦争の祝勝会も書き込まれている)
⇒ 街鉄の技手:日露戦争後の街鉄は、まさに闘う労働者階級の現場


[小森氏の主張]

・一気書き小説であるがゆえに、漱石の明治への全体認識が正確に見えてくる小説で、もっと細部を大切にして読むべきだと思う


<感想>
 時代背景を理解した上でないと著者が伝えたいことを正確には理解できない。現代においても、例えば、その企業の歴史・背景等を把握しておかないと、ある行為を選択した意図を確り把握できないことは同様であろう。30年以上ぶりに「坊っちゃん」を改めて読んでみようと思う。

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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
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by tsuruichi1024 | 2017-10-08 09:00 | 夏目漱石 | Comments(0)


【 漱石激読 石原千秋×小森陽一 】


 以下は、「漱石激読」(石原千秋・小森陽一著、河出ブックス)(第14章『明暗』──その愛はどこへ)からの一部抜粋。


『  漱石らしい終わり方とは

石原 まず確認したいのは、当たり前のことですが、『明暗』が最後の作品になってしまったのは偶然に過ぎない。漱石が辰野隆の結婚式に行って、奥さんから離れていたからピーナッツをぽりぽり食べてしまい、帰ってきたら息が苦しいと言い始めて、結局それが死につながった。

小森 やはりピーナッツがいけなかった。


石原 たとえば『道草』のお住みは近代女訓物から言えば全然ダメな奥さんです、この時期の漱石はそういうことがわかっていた。『行人』のお直だってアウト。若い女性が振る舞いとしては、藤尾だって美禰子だって皆アウトだった。そういう女性を漱石は書いてきた。それを踏まえると、お延だってアウトだと思うんです。病気の津田を放ったらかして芝居に行ってしまうわけだから。


 お延が京都の実家に手紙を書きますね。幸せに暮らしているかのように。あの手紙って「嘘や、気休や、誇張は、一字もありません」と言って、自分自身にあからさまに嘘をついている。だから、『明暗』はお延の手紙で終わるのがいちばんいいと僕は思うんです。

小森 なるほどね。誰宛ての?

石原 津田宛て。つまり、湯湯治に入っている津田に宛てたお延の手紙で終わるのがいちばんいいと思っているのです。しかもそれが届くか届かないかわからない。まさにデリダ的、郵便的不安。

小森 それは『こころ』の終わり方と重なりますね。いいですね。それは支持できるな。石原さん、書いてくださいよ。

石原 書きますけれども、書くときはもうちょっと本格的に書こうと思っています。


  嘘をつき続けるお延

石原 いずれにせよ、『明暗』はお延がある意味で自分自身に嘘をつき続けている小説です。

小森 そうした嘘をつけるのは、お延がまさに手紙を書く女だからでしょう。手紙を書く行為を通して、事実ではないことを事実かする。


石原 一方、津田のほうは、藤井の叔父というあまり豊かでない、フリーの批評家なのでしょうか、そういう人に育てられて、実家が京都にあって、でもそんなに裕福ではない。吉川夫人の夫の会社のサラリーマンになって、社長の友人が岡本の叔父であり、その岡本の叔父に育てられたお延を大切にすれば自分の地位も安泰。

小森 会社の中での地位が安定する。そういう人間関係ですよね。


石原 意識していれば隠せる、わかっているから。でも無意識はわかってないから隠せない。『明暗』の表面に書かれていることは、むしろ二人の無意識なのではないか。その意味では、それまで漱石が無意識を無意識のように書いていた書き方とはまるで違う。無意識をあからさまに書いたという気がするのです。

小森 たとえば?

石原 お延が従姉妹である岡本の娘の継子に愛を説くところがあります。「ただ愛するのよ、さうして愛させるのよ。さうさへすれば幸福になる見込は幾何でもあるのよ」と。あそこもあからさまに自分に嘘をついているとこです。嘘をついているというのは、お延は実感できていないことを語っている。


小森 お延を妻として貰うという決断を自分ではせずに、そうではない要素がそれを選ばせたということですよね。つまり、吉川夫人から勧められたから。吉川夫人は上司の妻であり、上司の吉川は父親の知り合いであり、その会社に勤めている以上、吉川夫人の勧めを受け入れてお延と結婚するのが得策だという判断、利害関係ですね。


石原 それをあらわしているのがお延の手紙。京都の実家に宛てた手紙を書いたとき、本当は自分は津田に愛されていないと思っている。だけれども、愛されていますと書く。だから読者には嘘をついているとわかるわけです。でも、お延の中ではそれが同時に起きていると思うのです。


  無意識を他人に読んでもらう小説

石原 清子は「あなたはそういふ方なんだから」と言いますね。しかし、津田はそれを理解できない。つまり、清子は津田の隠せない無意識をわかっているということです。

小森 つまり清子は津田とかかわる中で、津田の隠せない無意識を見てしまった。それでは津田を信用できないから、関と結婚した。そういうことでしょうか?

石原 そうそう。つまり、無意識を他人に読んでもらう小説になっている。
 

 『明暗』はかなり通俗的な要素があって、僕の関心の一つは、なぜサラリーマンを主人公にしたのかということ。漱石の小説の主人公はだいたい教員か役人。いわゆる知識人に設定してあったので、彼らの考えることは、悪く言えば浮世離れしているし、ある意味では哲学的であるわけです。それに対して現実的に即した思考ができる人物とするために初めてサラリーマンという設定にした。この設定自体が津田の無意識の質を決定している。でもそのラインだけが清子が読める津田の無意識だとすると、今言ったように非常に通俗的な結末で終わってしまう。


  愛って何?

小森 お延が自分は継子の引き立て役にされたのではないかと気づくということと、津田との結婚のどこにこだわっていたのかということがリンクしているわけです。岡本の叔父さんから、「お前はああいふ人が好きなのかね」と訊かれた裏側に、「ぢゃ己のやうなものは嫌ひだったんだね」といふ言葉が、ともに響いたらしく感じた時、お延は思はずはつとした」とありますね。ここもすごく大事です。岡本の家で育てられ、血がつながっていない叔父さんのほうは年上の男性でもあるわけです。
 それをうまく操る技量を身につけたというふうにお延は確信していて、お延が一目ぼれで選んだ津田は明らかに自分とタイプが違うと、叔父さんは言うわけですよね。岡本の叔父さんは最初から津田を良く思っていない、そういう思いがあったがゆえに、お延は自分は当て馬に使われたと気づく。

石原 そうです。お延は自分の美貌に賭けることもできないわけですよ。それは藤尾とは決定的に違う点です。

小森 そしてお延は、津田の妹のお秀が器量望みで嫁に貰われたということも意識している。女が美貌で男の性的な欲望を引いて結婚に至るということをお延は自覚していて、であるがゆえにお秀は器量望みかもしれないけれど私は本当の愛だというところにいくわけでしょう。微妙に切ないところでもあるのですが、でもそういうところにお延を置くあたりが『明暗』のすごいところですよね。


石原 「女は愛されて幸せなり、男は愛して幸せなり」というのが当時の一般的な愛に対する性差でしょう。しかし、お延は愛されているという実感がない。津田は愛しているという実感がない。だから当時の愛をめぐる言説そのものが問われている。それまで愛があれば解決だと思われていた漱石文学が、愛って何?ということを正面から問いかけたのが『明暗』だと思うんです。漱石文学の根底を掘り崩しうるインパクトのあるテーマ設定です。


  脱落する男・津田

小森 『明暗』を書き始める年の年頭に漱石は「点頭録」を書いている。第一次世界大戦が始まったとき、どんな影響が出るかを問われて、いちばん問題なのはドイツから始まった軍国主義が、英仏の個人の自由とどう渡り合っていくのかだと述べて、ビスマルクによって始められた軍国主義は強制徴兵制の問題だと言って、北ドイツ連邦が生れた1867年を挙げている。そこからビスマルクがナポレオン三世に仕掛けた普仏戦争で勝利したドイツ帝国が生れる。
 「点頭録」は1916(大正5)年というのを意識しながら、明治のはじめに生まれた自分の五十年分の人生を全部問うているわけです。そうした中で『明暗』を書いている。だから、明治という時代全体を問う中でお延の根源的な問いかけが芽生える。

石原 なるほど。

小森 お延が継子と比較されていると感じた見合いの場面に面白いやりとりがあります。

 見合い相手の三好に吉川夫人が何か話すように言うと、ドイツを逃げ出した話をする。第一次世界大戦が始まって、日本がドイツに宣戦布告をしたから退去しなければならない。1914年の8月末くらいに退去するわけですよね。そこに三好がいた。ここにいる男たちは全員洋行帰りという設定になっているが、津田はそうではない。吉川と岡本を媒介にお延に紹介された津田だけは違うという明らかな階級落差が見えてくる。


 つまり、明治という時代がトータルリコールされるのが、お延の屈辱の見合いの場面なわけですよね。だからこの小説の書き方の構えとして、漱石は自分が書いてきた小説群、まさに1902年の日英同盟以降の日露戦争後の小説を書いてきたわけだから、そのすべての問い直しが、お延の試練と比べられているのだと私は読みたい。その屈辱からどう立ち直るか。お延はもう一回継子に、私は愛ある結婚をしているのだと証明しなければならなくなる。


石原 いっぽうで39章の終わりを見ると、「津田は何にも云はずに、二箇月以上もかかつて未だ読み切れない経済学の独逸書を重さうに畳の上に置いた」。要するに、津田はだめなんですよ。


  追いつめられるお延

石原 お延は津田が不思議でしょうがない。津田も清子が不思議でしょうがない。しかし、不思議でしょうがないラインがずいぶん食い違っている。その落差を生み出すのが経済状態、お金であって、落差があるから津田はどうしても会社での地位を固めなくてはいけない。それでお延が必要だと思っている津田と、僕の言葉で言うと一目惚れした津田を自分の幸せにつなげたいお延と、このすれ違いです。


小森 小説の設定としては、津田は清子のことを愛していたかどうかは、お延のことを愛しているかわからないのと同じように、わからないわけですよね。

石原 だから問題になっているのは、女の側の、清子の愛の問題なんですよ、何回も繰り返しますが、『明暗』はずっと女の側の愛が問題になっているんです。

小森 それまでの男を中心とした小説とはそこが決定的に違う。


  答えは・・・・・・

石原 『明暗』の最後、「「そりゃ何とも云へないわ」清子は斯う云って微笑した。津田は其微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の室に帰つた」。これは『浮雲』が二階に上がって終わるのと、めちゃめちゃ似ていますよね。

小森 似てる。ちょっと怖いくらい。

石原 はい、怖いくらい似てるんです。つまり物語としては簡潔してないけど、小説としてはこの後、津田は何を考えたんだろうと・・・・・・

小森 読者が考えればいい。』


<感想>
 津田の無意識を信用できなかった清子と津田の愛だけにすがるより他ないお延。サラリーマン津田の心理は現在社会にも通じる内容で、とても今から101年前(1916年)に書かれた小説とは思えない。夏目漱石の先見性に乾杯。

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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
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by tsuruichi1024 | 2017-09-18 08:00 | 夏目漱石 | Comments(0)